パールホワイトのはじまり

「白石せんせー。おめでとうございます」
「はい。おめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

看護師の相田に丁寧に頭を下げた白石にすっと小さな可愛らしいパッケージが差し出された。

「ん?」
「白石先生、ずっとお仕事だったでしょう?」
「うん」
「一人だとおせちとかも食べないだろうなと思って、少しばかりのお正月っぽい気分のおすそ分けです!」

男性のフライトナースだが、こういう些細な気配りができて明るいところにいつも助けられている。

白石は素直に手を伸ばした。

「ありがとう。生菓子?なのかな。かわいい」
「そうなんですよ。お正月っていうと羽二重餅が多いんですけど、可愛いのがいいなと思って嫁とデパートで探しました」

日持ちのしない生菓子をわざわざ探してきてくれたと聞いて嬉しくなる。

「ありがとう。すごい嬉しい。奥様にもよろしくお伝えください。休憩入ったらいただくね」
「はい!」

三が日も変わらず出勤していたメンバーとはすでに、年始の挨拶は終わっていて、今日からまた、年始挨拶の嵐になる。
次々と、出勤と共にあちこちで挨拶が続く。

「白石先生」
「おはよう」
「お昼一緒になったら話聞いて」

近づいてきた冴島の顔が曇っている。不機嫌そうな様子にいいけど、と頷いた。

「なんかあった?」
「今は気持ちが引きずられちゃうからあとで」
「了解」

ぴしゃりと言い切られてもそろそろ慣れたものだ。肩を竦めてから手にしていた生菓子を医局に置きに行く。

今年は年末年始の休みが短いカレンダーになっているが、ご時世柄なのか、去年以上に落ち着いた年末年始だった気がする。

冷汗を覚えるような患者もいなかったから、平和で何よりだと落ち着いた気持ちだから余計に人の心遣いが嬉しいし、昼休みも時間通りにとれるといいなぁと呑気にかまえていられる。

「よっし。今日も元気に始めますか」

一人呟いて、白石は大きく腕を伸ばして、歩き始めた。

予想通りお昼休憩は時間通りの早めにスタートして、冴島と一緒に食堂に向かう。

「で?どうしたの?」
「ねぇ、もう少しソフトに聞かないの?」
「聞かない。いつ呼ばれるかわかんないし、手間は最小限に」
「手間って!」

言い返す声がいつもより覇気がない。
メニューをトレイに乗せてテーブルに着く。

「お正月って言っても、あたしたちの仕事はそういうわけにもいかないじゃない」
「そうねぇ」
「藍沢先生なんて海外だし」
「そこはどうでもいいでしょ」

せめてもの一撃なのか、余計な一言が挟まれたがしょんぼりと肩を落とした冴島はフォークを手にしたもののうごかそうという様が弱い。

「それでもね。できることくらいは少しでもお正月気分を味わえるようにって支度するのよ」
「はぁ……」
「それがね。あの人、今年は義母さんにおせちとか作ってって頼んでて……」
「は?」

思わず聞き返してしまうが、二人暮らしとはいえ、冴島はきっちりと家事をこなすタイプだ。おせちも毎年けっこうな無理をしながらも小さなお重を用意していたことも知っている。

「だから今年は何もするなっていってきたのよ」
「はぁ……。それで?」
「そういわれたってね。私も今年はこういうのにしようとか、年末買い物してたし。間際になってそんなこと言われたって困るじゃない。義母さんにも申し訳ないし」
「まあ、そうね」

そうして困った冴島は、急にそんなことを言われても困るといい、義母さんに連絡をとったらしい。
そうして誰も悪くないはずなのにあちこちで気まずくなったのだという。

「義母さんはいつもあたしが作ってるのに申し訳ないねって言って、きっちりたくさん作って送ってくださって、あたしが作ったのと両方になっちゃって、その上、作らなくていいって言っただろって言って義母さんの作ったものしか食べてくれなくて……」
「何それ」
「それでも二人分にしては多いくらい送ってくれたから余計にもう、うちの冷蔵庫、パンパンになってるの」

冷蔵庫がいっぱいなことが困っている、という風だが問題はそこではない。

「食べきれないかぁ……」
「うん……」
「って、そこじゃないだろ」
「つっこみおそ」

顔を見合わせてにやっと笑う。

こういう誰も悪くない場合が一番困るものだ。

「ん-。言葉が足りないのと動きが遅かったのはあるけど、誰も悪くないって思ってるでしょ?」
「……わかってるわよ」
「じゃあ、ご実家には何かお菓子でもお礼に送って、早めに仲直りしたら?」
「……わかってる」

それでも言葉を濁らせているのは、ほかに何かあるのだろうか。

ん?と首をひねるとはぁ~、と大きくため息が聞こえた。

「……藍沢先生がいたら二人で食べてっていうのに」
「なによそれ。別に一人ででも余ってるなら食べるわよ?」
「ほんと……?」
「な、なによ。ほんとよ」

がしっと手を握られて、白石は面食らう。

「ありがと。保冷剤めちゃくちゃ入れて持ってきたから!」
「持ってきてるんかい!」
「だって……。あたしが作ったのは食べてくれないし……」
「そこがねぇ。心が狭いっていうか。両方食べたらいいじゃない」

そうしないところが藤川らしいともいえるが、こればかりは仕方がない。藤川なりの気遣いもわかるだけに女性としては冴島の肩を持つが、あまり責められない気がする。

「まあひとまず、あんまり引っ張らずに仲直りしなよ」
「うん……」

意地を張ってしまう気持ちもわからないわけではない。
ありがちな話だが、その場になると思った通りにいかないものだ。帰りに受け取ることにして、仕事に戻った。

冴島の作ったおせちを受け取って、車に乗って家に帰る。
三が日が終わって、そろそろ車も増えてはいるが、まだお正月モードなのかマンションの
駐車場も車が少しだけ少ない。

車を降りて部屋に入ると、なぜか明かりがついていた。

「え?」
「よう」
「え?!なんでいるの?」
「なんでって……、帰ったから」

部屋の奥から出てきた藍沢に目を丸くして驚いてしまう。
玄関で立ち止まっている白石に手を伸ばして荷物がさらわれていく。

「え?え?帰ったからって、帰るって言ってなかったよね?」
「まあ」
「まあ、じゃなくてだって、おとといも一言も」
「ずっといるわけじゃないが、隔離期間の間は家に籠るから」

そういわれて慌てて後姿を追いかける。
部屋のなかでもマスク姿でリビングには少しだけ物が増えていた。

「俺の荷物は奥の部屋を使う。洗えるものは全部洗ったし、土産は全部拭いた」
「あ、うん」
「一応、食事は離れてとるけど、空港でも問題なかった」
「……うん」

できる限りの対策は済ませてある、という藍沢に手を差し出した。

「おかえり」
「ただいま」

本当はぎゅっとハグしたいくらいだが、わかっているからこそ、手を触れるだけで我慢する。

「……驚かせて悪かったな」
「悪くはない。ただ、びっくりしただけ。会えると思わなかったから」
「そうだな。でも、俺は会いたかったから嬉しい。色んなリスクも考えたが、対策はできるし」

そうきいて、なんて返せばいいのかわからないなりに、ぎゅっと手を握る。
その手を握り返されて、頭の上に手が置かれた。

「2週間、このくらいしか傍に近づけないけどそれでも顔を見て話ができるだけでも嬉しい」
「そうか」
「そうよ」
「ならよかった」

離れがたい気持ちを押さえて、そっと手を離す。

「それ、冴島さんお手製のおせちなの。話せば長くなるんだけど」
「長くてもいい。時間ならある」

そういって、リビングで距離を取って食事ができるように冴島のおせちを取り分ける。

「帰ってきてくれても何もないところだったから、もらってきてよかった」
「まあ、今頃仲直りしてるといいな」
「そうだね」

マスクをしたままで部屋の隅に陣取り、すこしだけ窓を開けている藍沢の前にうまく盛りつけたプレートを運ぶ。

「あ!」
「ん?」
「忘れてた」
「何が?」

同じ部屋の中で距離をとって座ってからビールをあけた白石はそれを持ち上げた。

「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
「……ああ。今年もよろしく」

缶ビールを持ち上げて乾杯の仕草だけだが、白石の顔に笑みが浮かぶ。

……今年もよろしくお願いします。

—end

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