昼と夜の境のノワール 3

「あれ?」

小さな声を聴いて白石は足を止める。そして、外来の受付を済ませたばかりの律が白石の姿を見かけて声を上げたのだ。

「ああ。田中さん」
「白石先生、先日はありがとうございました」
「どうです?その後、出ました?」

眉を上げた白石に律が親指を立てて見せた。

「先生、聞いてくださいよ。あの後も何度か痛くなっちゃって!でも、だんだん痛みが薄いなーって思って、そしたら」

がさがさとバッグを漁った律が手のひらに白いコットンに包んだものを乗せた。

「ほら!八ミリですよ!自然に出るって言われていたギリギリのサイズですよ」

薄茶色の石の結晶はさながらミョウバンの塊か、水晶の原石のままのような尖り、ごつごつとしたものだ。

こういうものが人の体内で出来上がるのだから、医学で説明できないことが多いのもさもありなん。

「えーと、そろそろ一か月?よかったですね。ほんとにギリギリ」

だいたい結石は一か月程度で自然排出されるものはされる。されないものはそのままでは水腎症などほかの症状を引き起こす場合もあるので、その前に手術をしなければならなくなる。

律が運ばれてきておよそ一か月。排出されなければ手術に回されるところだ。

「はい。ちょうど今週の初めくらい?泌尿器科の江尻先生が、もしそれだっていうのが出てきたらとっときなさいって。手なんか洗えばいいんだからっていうからまさか~って思ってたんだけど」

出てきたものをこうして持ってきたのだという。

「うん。とっといてよかった。これ、検査に回しちゃうともうさようならですよ?写メとかほしかったらとっとくといいですよ」
「いやー!いらないですよ!もう、おさらばしたい!」
「うん。でも江尻先生に言われたでしょ?」
「残り……、左三個右一個ですよね」

CTの結果、腎臓の中に光る影があって、それが今腎臓に残っている石ののこりだ。
それらは腎臓にある限りは悪さをしないが、いつか腎臓から零れ落ちたら、また激痛に襲われるだろう。

「とにかく、これ。江尻先生に出してきますね。あの、今日藍沢先生っていらっしゃいます?」
「……あ、ええ。ええ、いるけどでも」
「じゃあ、診察終わったら一応ご挨拶に。お忙しいようならすぐ帰りますから」

そういって、さっさと検査室に歩いていく律を見送って、白石は小さくため息をついた。

相変わらずもやもやする胸の内は認めたくはないが、藍沢はあれから何事もなかったようにいつも通りだ。

「藍沢先生」
「なんだ」
「さっき、外来で田中さんと会ったわ。田中律さん」

ああ、と頷いた藍沢をあまり見ないようにして白石は律があとで寄るといっていたことを伝えた。

「そうか」

それだけを言ってすぐに背を向けた藍沢がひどく憎らしい。
そこで素直になれないのが白石である。同じようにくるっと背を向けて仕事に戻った。

腹を立てているとき、苛立っているときは時間が早く流れるか、ひどく遅く流れるか、どちらかである。
検査にどのくらいかかって、診察にどのくらいかかるか、わからないはずもないが、気が付けばどのくらいの時間がたっただろうか。

律が診察を終えて顔を見せたことに白石は気が付いていなかったが、ICTを回っている間に看護師たちがざわついていることでそれに気づいた。

「白石先生」
「ん?」
「田中さんが白石先生にご挨拶したいと」

藍沢先生じゃなくて、私?

驚いたが、今、手が空いているわけで、ひとまず素直にナースセンターの前に向かう。

「白石先生。さっきは失礼しました」
「いえ。どうでした?」
「石は先生がおっしゃっていた通り、検査に回されました。あとは落ちてこなければって感じですね」

白石は黙ってうなずきながら、無意識に周りを見回す。その様子を見て、律はくすっと笑った。

「藍沢先生とは、私が結婚した時に二次会に来てくれたんですよ」
「えっ?田中さん、ご結婚されて……」
「ええ。婿養子に入ってくれたので、私名前変わってないんですけどね。うちの旦那のことも知ってますよ」

まさか、律が結婚しているとは思ってなかった白石は目を白黒させる。律は運ばれた時も連絡先の欄を親にしていたから、気づかなかったのだ。

「耕作、うちの旦那がどういう人か知ってるからあんな風に言ってくれたんですよ。うちの旦那……、その、一緒にいると女がやるべきだっていうことが多くて。初めの頃は私も好きな人のためだからって無理してたんですけど、無理がたたっちゃって……」
「そういうこと……」

藍沢が心配していたことはそういうことだったのかと、ようやく気付く。そして、藍沢が律と別れた後もあったことがあったことも気づく。

「だから、心配してくれたんだと思います」
「その……」

今はどうしているのかと、聞いていいのかも躊躇われる。すぐそれに気づいた律は笑った。

「今は、あっちが仕事で単身赴任してるから。私も気にせず独り暮らしってわけ。だからこの前は一人だったので運ばれちゃったんですけど」

そういった律は、白石に先生も無理しちゃだめですよ、といった。

「大丈夫って思ってても、何があるかわからないから。大事な人に心配かけちゃだめですよ。なーんて私が言っても説得力ないですけどね。またお世話にならないように気をつけまーす」

いうだけ言って、律は頭を下げると白石に背を向けて歩いていく。
ふと、すぐそばに人の気配を感じて顔を向けると藍沢が立っていた。

「……腎結石があるならまた来るな。あいつ」
「そうね……、ひどくならないといいけど」
「それで」

途中で言葉を切った藍沢の顔をもう一度覗き込む。
白石を淡々と見返した藍沢は小さく首を傾ける。

「わかったか」
「なにが?」

ふ、と小さく息を吐いた藍沢はまっすぐに廊下の先を見る。

「俺が知ってる限り、あいつの状況はわかっていた。だからあの時知ってる、といったんだ」
「それは、もうわかったわよ」
「だから」

いつになく、言葉を切る藍沢が白石の顔を覗き込んだ。

「俺がもし倒れたらお前が言え」
「え?何を?」
「だから、全部知ってる、と」

それだけ言って、さっさと離れていく藍沢に、しばらく反応できなかった白石は、我に返ってからくるっと振り返った。
離れて行った藍沢の後ろ姿にぱくぱくと口を動かす。

そして驚いたものの、ぐっと唇を噛みしめた白石は大股で藍沢に近づいてその腕をつかんだ。

「全部じゃない。まだ知らないことばっかりだから!」

その日、本当に珍しく、藍沢は声を上げて笑い出した。

 

—end

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