[実は二日目]

三連休なんていう世間とはあまり縁がありそうでない。
シフト上では休みのはずだったが、初日から呼び出された白石は、二日目の昼を回って廊下の片隅のソファに腰を下ろした。

病院は、外来も休診で見舞客も制限されているから人気が少ない。

「はぁ……」

コーヒーのペットボトルを手に大きく息を吐いた。

これでもチーム制ができて、かなり楽になった方だ。一時は、休みどころか、家に帰るのもままならない日があったのだから、呼び出しが来たといっても今日はもう上がりだ。

携帯に触るのも朝ぶりである。
一口、コーヒーを口にしてからメッセージを開いて、ぴたりと手が止まった。

「……は?」

本当に驚くと人は言葉が出なくなるらしい。

よほどの緊急ではないなら、同居人は休みで家にいるはずだったのに。

『出かけてくる。しばらく戻らない』

「……そんなこと言ってなかったじゃない」

思い出すと最後に会話したのは週の頭だったかもしれない。
一緒に暮らしていても顔を合わせない日があることは当たり前すぎて、思い出すことが怪しい時がある。

でも、確かに連休は特に用もなく家にいようという話をしたことは覚えている。なのに急に出かけるというのも聞いていない上に、『しばらく戻らない』というのは少しあんまりではないだろうか。

「帰ったら……」

一緒にいられると思っていたのに。

どこに行ったのかも書かれていない。
しばらくがどのくらいなのかもわからない。

携帯を持った手が膝の上に落ちた。

「……いい加減、言葉が足りなさすぎだって自覚しなさいよ」

口を尖らせた白石は、ポケットに携帯を突っ込んで立ち上がる。
もう仕事は終わったわけだし、同居人もどこかに行ってしまった。

それなら帰りに、あれこれと買い込んでせいぜい憂さを晴らすしかない。

さっさと帰ろうと、心を決めた白石はロッカーに向かった。

車で家に帰るまでに、スーパーに寄れば、それでもやはり休みに日だけに人は多い。
なるべく短時間で済ませるために、という名目で、少しでも目についたものはかごにいれていくが、気づけばすぐにつまめるものだったり、あまり手をかけなくても済むようなものが多い。

どうせいないんだから作っても仕方がないし。

それも大義名分かな、と思いながらエコバックに入りきらない、買い物袋二つを車に積み込んだ。
家についてキッチンの前に荷物を置くと、洗面所に向かってまずは手洗いである。それから洋服を着替えて、玄関のドアノブや鍵、携帯を拭いて、そこから買ってきたものを片付け始める。

「あー……。いい天気に何してるんだろ」

どこまでも続く青空に、手を止めて窓を開けた。この三日、天気はすごく良くて窓を開け放っていても気持ちがいい。
あの同居人がいれば今頃、一緒に洗濯して、天気がいいから散歩でもしようかと近所を歩いていたかもしれない。

ふう。

家の中に入ってすぐ、彼が出かけたのは今日じゃないような気がした。

何となくだが、そこにいた気配がなくて、きっと昨日のうちに出掛けてしまったのかもしれない。そして、思い出して連絡してきた。
きっとそうなのだろう。

片付けるだけ片付けて、あとはテーブルの上に広げて。
プルタブを開ける前に、叫びだした洗濯機の音に立ち上がる。

ほらね。

同居人のものはほとんど入っていない。

あたたかい日差しに洗濯ものを干してから、ビールを開けた。

 

昼間からビールを飲んで、つまみも控えずに好きなものを好きなだけつまんで。
録画を見ていたはずが、いつのまにか寝てしまったらしい。

そろそろ寒くなってきて、目が覚めた白石は、薄暗くなってきた外を見て起き上がった。

洗濯物をいれて。
窓を閉めて。
カーテンを閉めて。

時計を見ればいい時間だが同居人が帰ってくる気配はない。

携帯を見ても新しいメッセージは着ていない。

どこにいるの。
いつ帰ってくるの。

いちいちそんなことを聞くことなんてない。そんな重いことは。

仕事でどうなるかわからないことはよくあるからだ。よほど用事がなければそんなことはしない。

「別に……、用事があるわけじゃないし」

気にしても仕方がない。

そして、新しいビールを開ける。夜が来ても、同居人は帰ってくる気配がなかった。

 

 

[振り返ると一日目]

前の日に、大きな手術があって、帰るのが遅くなった藍沢は寝ている同居人を起こさない様に静かに部屋に入った。

疲れているが感覚はまだ研ぎ澄まされていて、寝付けそうにない。冷蔵庫から氷と炭酸を用意して、ハイボールを作る。
カラカラと音がして、それを聞きながら目を閉じると、少しずつ力が抜けるようだ。

明日は、と思い浮かべてカレンダーは連休だったことを思い出す。

このところ、自分以上に同居人は疲れている。

疲れている、という言葉ではなんだかしっくりこない。
ささくれて、くたびれている、という方がはまりそうなくらいだ。

それは、本人に言ってもきっと認めないだろうから。
忙しいときに家のことをするのは今も変わらない。

淡々と部屋の中を片付けて、家事をこなしていると、たいてい藍沢よりも遅く帰ってくる。
それでも、昔ほどではないはずなのに、チーム制で自分のシフトが終わってもなんだかんだと残っているのを知っている。

だから、今年最後の連休は少しゆっくりと休ませてやりたい。
そう思って、いろいろ考えていたのだが、藍沢自身も休みが近づくにつれて忙しくなってしまい、なかなか余裕が作れなくなってしまった。

今はお互いに外食も避けて、出かけることも最低限にしている。
家にいてもできることはあるし、藍沢はそれほどこだわらないが、同居人には気晴らしをさせてやりたかった。

携帯を手にして検索履歴を見返す。
取り寄せで人気のスイーツも間に合わないし、ほかに今からでもなんとかできるのは何か。

ふと、自動で表示される広告が目について思わず触ってしまう。

「ボージョレ―……」

『今年は、普通が普通じゃなくなるね』

険しい顔でそういっていたから、今からそんなに張り詰めていたら持たないぞといったんだったか。

この戦いは長くなるとどちらも思っていたから。

メッセージアプリの中で知人の名前を探す。
確か、輸入品を扱っている人がいたはずで、あまり深く考えずに連絡を取ったのは藍沢も疲れていたかもしれない。

【久しぶりで悪い。ボジョレーのいいやつを教えてくれるか】

すぐに電話がかかってきて電話に出ると、電話の向こうはひどくにぎやかだった。

『おい、藍沢。久しぶりに連絡してきたと思ったらなんだよ?お前、それ解禁日に言うやつじゃないだろ?』
「……しまった。今日だったか」
『おーい。お前みたいなやつは、なんでもいいから近所の酒屋いけ』
「いや、美味いやつがいい。せっかくだから、赤と白とロゼとそれぞれ教えてほしいんだ」

なんだかんだと言い合いながら翌日の昼過ぎに会う約束をして、電話を切る。
せっかくだから同居人が起きたら一緒に出掛けるのもいい。

そのくらいならいい気晴らしになるだろう。
同居人がよくソファで丸まっているときに使っているブランケットを手繰り寄せると、気が付けばソファでそのまま眠ってしまった。

 

少しゆっくり目に起きてみれば、疲れているのか寝室から同居人が起きてきた気配はない。
その間にと、手早く着替えて近所を一走りして家に戻ってくると、今度は同居人が起きだしていた。

「あ、おはよ。昨日は大変だったみたいね」
「ああ。仕事か?出かけるのか?」

すでにシャワーを浴びて髪を乾かしているところだったから、確かめるとまだ眠そうな顔で頷く。

「呼び出しかかっちゃった」
「急ぐなら俺が車出そう」
「いい。大丈夫。帰り困るし」

そうか、と頷いて、藍沢がシャワーを浴びて戻ると、支度を済ませた同居人が出ていくところだった。

「気を付けて」
「うん。ありがと」

あっさりそう言って出て行ってしまった同居人に、いつもどるのかとか、どのくらいかかりそうかなど、聞くのは無駄なことだ。
きっと、せっかくの休みなのに、とか言わない様に飲み込んだに違いないから。

ドアの閉まる音を聞いた後、濡れた髪をタオルで拭う。そして着替えた後、コーヒーを淹れて珍しく香りを楽しみながら窓の外を眺めた。

「さて、どうするか」

きっと同居人のことだから今日明日までは仕事にかかりきりだろうし、遅くとも連休最終日なら戻ってくるだろう。

携帯を取ってきて、しばらく眺めていた藍沢は、飲み終えたカップを洗うと出かける支度を済ませて外に出た。

 

[そして最後の三日目]

三連休の最終日、白石が目を覚ましたのは昼近くになってからだ。

静かで、夕べ散らかしたままの部屋もそのままである。

起きだしてシャワーを浴びて、少し飲みすぎた頭をすっきりさせた。

携帯を見ても連絡があった様子はない。

「……あーあ」

髪を乾かして、部屋を片付けて。
誰かがくる気配のない部屋をでて、気晴らしに近所の散歩に出かけた。

風がそれほど冷たくなくて、日差しが温かい。

本当は外に出るべきではないことは十分わかっているからどこにも立ち寄りはしないが、表を歩いている人々はやはり少なくはなかった。

「つまんないなぁ……」

一人でいることができないわけじゃない。

ただ。
一緒にいられるときは一緒にいたいじゃない。

そう思うのと同時に、なんだこれ、という違和感が沸き上がってきて立ち止まって、見慣れた近所の空を見上げてみる。
小さな一区画だけの公園で遊ぶ子供たちを見ながら、ぼんやりして。

「子供みたい。……ただのわがままじゃない」
「……なにしてる」
「えっ?!」

振り返ったらそこにいる、というのは反則に近い。
驚いた白石にごく自然に近づいて、まるで当たり前のように目の前で足を止めた。

「……あなたこそ何してるの」
「家に帰るとこ」
「それは……」

見ればわかるといえばいいのか。
家に帰らないならどうするのかとつっこめばいいのか。

ぱくぱくと口を動かしてから、続きをいう事をやめた。
どうせマスク越しで分かるわけもない。

首をすくめて同居人の隣に並ぶ。

「いい天気だし、暇だから散歩してたの」
「暇そうだな」
「……家に帰ったらあなたはいないし」
「連絡しただろう」
「事後連絡でしょ!」

噛みつくように言い返したのに、小さく笑ったのはマスク越しでもわかった。
どちらからともなく、家に向かって歩き出す。

「事後連絡ってなんでわかった?」
「なんでって……なんとなく。昨日、家に帰ったらなんかそうかなって」
「なんとなくか」

白石の隣をあるく人は、ふらりと出かけて行って、おそらくは二晩もいなかった割に手にしている荷物は少ない。
何かの手提げの袋だけでそんな身軽な姿で泊ってくるなんてあるのかと言いたくなる。

白石が鍵をあけて、どうぞと部屋に促す。
妙に機嫌よさそうな同居人に続いて中に入ると、並んで洗面所に立つ。

「お前は昨日帰ってたのか。連絡すればよかったのに」
「別に、用があったわけじゃないし……」

素直になれない白石に、先に手を拭った藍沢はその頭にぽんと手を置いて離れていく。
ごと、と重い音がしてキッチンカウンターに置かれた紙袋から藍沢は中身を取り出した。

「これをな。探して知人のところに行ってたんだ」
「ワイン?」
「ああ。ボジョレーだ」

綺麗なピンクのボトルと、白いボトルと、おそらく赤と思われるボトルが出てくる。

「どうしたの?これ」
「……飲むため以外で何があるって?」

からかうような藍沢に、いつもどおりか、と背を向けてソファに沈み込む。
その背後で、ガラガラと氷をあける音がした。

しばらくしてグラスと、氷に入ったピンク色のボトルが目の前に置かれた。

「まだ休みは終わってないだろ?一人でずいぶん楽しんだみたいだが、まだつまみも残ってるみたいだしな」

からかい交じりに、昨日、買ってきて残ってしまったものを手際よくつまみにしたてて、藍沢はテーブルに並べる。
手を出すのも何となく、面白くなくてそのままソファから藍沢を見ていた白石の頭にぽん、と大きな手が置かれた。

「前に、解禁で飲んでみたいって言ってただろ」
「……え?」
「まあ、俺も解禁日に手に入れられるようにしようと思ってたんだが、なかなか手が空かなくてな」

そういえば、休み前の日、藍沢は大きな手術が入っていて、帰りが遅かったのを思い出す。
事前に手配するのは無理だったから、休みに入ってすぐ一緒に出掛けてもいいと思っていたらしい。
その話をしようと思っていた矢先に白石に呼び出しがかかった。

だから、白石が出かけてすぐ、藍沢は知り合いに連絡を取ったのだ。

「ずいぶん久しぶりに連絡をしたからな。たまには一緒に飲めと言われて試飲がてら飲ませてもらって、その中で美味かったやつを選んだんだ」
「試飲って……。二日も?」
「そいつは酒を輸入していて、ボジョレーも一口にいってもたくさんあるんだ。飲むだけ飲んで、酒を抜くのに時間がかかった」

もっと早く帰るつもりだったが、久しぶりに会って、話をしているうちに過ごしすぎてしまった。

「お前ももっと時間がかかると思ったからな。……なんだ?」
「ずいぶん前に言ったのに、覚えてたの?」
「ああ」

もっともっと前、今年は色々なことで先が見えなくて。
普通に過ごせるのか。
例えば、ボジョレーなんて楽しんで飲めたならいいのに。

そんな話をしたのは夏より前だった。

「ロゼ。綺麗な瓶ね」

花のラベルとクリアなピンクのボトル。

「よく冷やして飲むといいらしい」

それならそうと、一言言ってくれればよかったのにとか。
連絡を寄越したなら言いなさいよとか。

でも。

毎日、考えなければならないことがたくさんあって。
考えたくないことがたくさんあって。
気を張り続けることはできないとわかっていて。

―― そっか。私……

疲れて、少し甘えたかったのかも。
だからがっかりしたのか。

「これ選ぶために一人でたくさん飲んだの?」
「……そうでもない」
「嘘つき」

ふ、と笑ってボトルに手を伸ばす。

藍沢が持って帰ったのは白も赤もある。そしてまだ、日は高くていい天気で。
まだ、連休は終わってない。

「飲もうか」

時には一息。

— end

 

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