素のままで手を繋ごう 2

まっすぐに空井の家に向かうような時間でもない。

「どこか行きたいところ、あるかな?あんまり、連れて歩けるほど詳しくないけど……」

ゆっくりと車が滑り出して、ホテルのパーキングから走り出した。そうですね、とリカは荷物を後ろに置いてシートベルトを締めた。

「じゃあ、基地の傍だけど、松島、とか?」
「あっ、それは駄目」
「どうして?」

眉間に皺を寄せて黙った空井が、駐車場から出る手前で端に車を寄せる。ハザードを上げた空井が、ひどく困った顔をしているのが不思議で、リカが待っていると言いにくいなあ、と小さく呟いた。

「あの、よく、ほんと、よく、どこでも聞くと思うんですけど。松島は……、その彼女と行くと……」
「ああ!まさか……それですか」
「それです……」

ほんと、すいません、と情けない顔を隠してそういう空井が可愛くて、相変わらずこの人って……、と呟く。
そういう理由ならば仕方がない。違うものをと考えたリカは、しばらく考えた後、スマホで地図を出した。

距離感を確かめて顔を上げた。

「塩釜はどうでしょう。塩釜神社とか」
「ちょっとかかるかもしれないけど」
「大祐さんがよければ」

もちろん、と頷いてカーナビに目的地を登録すると、今度こそ走り出した。

「うちの母が、空井さんのご両親にもきちんと挨拶をしないとって」
「あ、うちの親はもう、すごい喜んでて。その、僕と一緒になってくれるなんてありがたいって言ってる。だからうちの親の方から挨拶に行きたいって言ってます」
「えっ!いや、そんなことは……。一応、その嫁というか……」

普通で言えば嫁が挨拶しにくるだろう、と言いかけたリカよりも、嫁、という単語に反応して空井がうわー、と呟いた。

「やばい。そういうの、小っちゃいことなんですけど、めっちゃくる」
「空井さんって、感情いっぱいになっちゃうと、先にそれが出てきて、いっつもそれに惑わされました」

くすくすと笑いだすリカが言った言葉が遅れて耳に届く。あれっと我に返った空井の運転は、本人の動揺をよそに、ひどく安定していて、乗っていてもいつも安心していられた。

「惑わされたって……」
「あれ?自分で気づいてない、の?」
「何が?」

自覚症状がないのは想像できたが、ここは一度話しておかなければと隣から覗き込むようにリカが口を開いた。

「自覚ないと思うんですけど、私が取材してた頃も、すごくそうでしたよ。初めに親睦会に誘ってくださった時、コノヒトっ!って思いましたもん」
「え!コノヒト、ってどう思ったんですか」
「いやそれはいいから!だから、感じたことが先に来た時は、すごく、身構えちゃう」

身構える……、とぶつぶつと口の中で空井が口の中で何度も繰り替えす。しょうがないなぁと思いながらゆっくりと噛み砕いていく。

「柚木さんと槙さんのために飲みに行った時、何事かと思いました」
「あっ、でもあの時は、リカさんを巻き込んでいいのかなって思いながら、でも俺だけじゃどうしようもないから、リカさんがいてくれたらなんとかなるかなって……」

なんとかなるってどういうことかと聞きたかったが、空井らしくてふっと肩から力を抜く。

「2年ぶりに会って、もうほかにできることはないって言っておいて、ねぇ?」

からかうようなリカの言葉に、うっと片手でハンドルを握りながら助手席側の手を挙げて顔を隠してしまう。

「いや、あの時は……。えっ?あの時って、俺、どう思われてたんですか?!」
「えっ、そこじゃなくて!逆に、最初の頃大祐さんはどう思ってたんですか?」
「あー……。あの頃は……」

考え込んでいる風で黙り込んだ空井と同じように、同時にリカも思い出してしまう。あの頃の自分はまだ報道にも未練があったし、とんでもない人達の取材になったと正直憂鬱だったこともあった。

「やめた……。もう思い出さないで!あの頃の私って」
「ガツガツ?」
「いわないで、それを~!」

両手で顔を覆ってしまったリカが面白くて、空井はからかい始めた。

「初め、僕、稲葉さんの担当から降りたいって室長に言ったことがあるんです。もちろん、そうしなくてよかったなって今は思ってますけど」

うわ、と変な汗が滲む気がする。そのまま担当が片山や比嘉に代わっていたら今、こうしていなかったかもしれない。
きゅっと鞄のショルダーを掴む手が妙な緊張で何度も無意識に握ってしまう。

「そ、それはどうも……」
「でも、この人、すっごいまっすぐなんじゃないかなって、あのキリーのドラマの時思って。確かにあの時は理不尽だなって思ったんだけど、でも、同じ局の人相手でもきちんと筋を通せる人なんだって思ったら、なんかね……」

助手席で小さくなったリカを見て、ふっと笑いながらその頭を撫でる。

「それに、仕事上ではリカに教えてもらうことの方が多かったからなぁ。完全に俺、年下みたいな扱いされてたもんね」
「してません!……一応、私の方が下だってわかってましたし」
「あと、自衛官と付き合うほど不自由してないって言ってた」

―― ああもう、本当に余計なことまで覚えてるし!

唇を噛みしめて、できるだけ助手席で身を小さくしたリカは、胸の前で鞄をきつく抱きしめた。

「あと……」
「私は!……私は、初めすごく覇気のない感じだったのに、飛行機のことを話し始めたら、すごく夢中になってて、この人どうしたんだろうって思いました」

強引に空井の言葉を遮ったリカは、勢いに任せて話し出した。窓の外を流れる景色がリカの視線を自然に引き付ける。

「でも、広報官として生きてみますって電話もらってから、みるみる変わっていって、すごく素直だし、一生懸命で、私が言うことをちゃんと受け止めてくれた。ただ、大人の……そういうのもあるねって受け流すんじゃなくて、きちんと話を聞いて、正面から向き合ってくれたから、どういう人なのか知りたくなりました」

ふざけて、からかったつもりだったのに、ひどく真摯な言葉が返ってきて空井は黙ってそれを聞いた。

「いつも制服を着た背筋がぴんとしてて、自衛隊の方々は皆、そうなんでしょうけどスーツの時も立ち姿がいつも格好いいなって……思ってました」

ぐるっと車が大回りに回って、神社の駐車場に車を止める。きっちりと日陰になる場所で線の真ん中に止められた車のハンドルから手を離した空井は、眉間に皺を寄せてじっと前を見据えた。

「大祐さん?」
「嬉しいです。あなたの目にそんな風に映ってたんだって知ることができて。……ごめん。行こう」

がしゃっとシートベルトを外した空井が車から外に出たのをみて慌ててリカも車から降りた。
差し出された手を取って、ゆっくりと山の上にある社殿へと向かう。

「ここ、前から知ってたわけじゃないんです」

え?と振り返った空井にむかって、口角を引いて笑みの形を作ると傾斜の道を振り返った。海まで見渡せる風景を見ながら空井にもそれを促す。つられて振り返った空井も、まるで空に浮かんでいるような光景に目を細めた。

「仙台とか松島とか、今は地図上で見られるでしょう?まるでそこにいるみたいに。それで、いろいろ調べてたら、ここがこのあたりじゃ有名な神社だってわかって。大祐さんが、思うとおりにすすんでいけるようにって気持ちだけはお祈りしてました」
「……リカってそういう、神頼みとかする方?」
「普段はしません。でも、広報室に神棚があったでしょう?それに、神様じゃなくても、誰かがずっと願ってきた想いとかそういうものが力をかしてくれるんじゃないかなって思うから、きたかったんです。正直、私がここで復興とかそういうの願っても、曖昧だし、それよりもここにいる大祐さんがそういうのは見てくれていると思うから」

どこまでもまっすぐなリカの目の方がずっとまぶしく見えた。

―― どうしてあなたって人はそんなにもまっすぐなんですか

「リカ」
「はい?やっぱり、ちょっと変なこといいましたかね、私」

えへ、と照れくさそうな顔をしたリカに首を振った空井は、ゆっくりとリカの手を取って再び歩き出した。

「もっと聞かせてください。いろんな話。リカが思ったこととか、たくさん」

本殿だけでなく、さい銭箱があるすべてを回って小銭が無くなっちゃった、と笑うリカのために、小さなストラップタイプのお守りを買う。

「はい。リカの」
「はい。大祐さんの」

互いに、お守りを信じているというより、自分の代わりにというつもりだった。

「いい天気ですね」
「うん。仕事してると、こういう空の時は特に思うよ。リカのいるところと、空は繋がってるって」

これね、と指を立てて見せたリカに同じように指を立てる。
さわさわと風が吹いた。

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