酒と花と少しのロマンス 8

空井の上着を受け取って、ハンガーに掛けながら、その隣に自分の羽織っていたものも引っかけてから振り返った。

「大祐さん、先にシャワーだけしてきたらどう?」

のそっとソファに座ったはずの空井が動いて黙ったままバスルームへ向かう。

「大祐さん?」

返事が聞こえなかっただけかと思ったリカは、空井の分の着替えを用意してバスルームの前に置く。その間に、軽くメイクを落として、部屋の中を整える。
空井の風呂が早いとわかっているので、自分の着替えを用意するくらいしかできないことはもう慣れてきた。

あっという間に出てきた空井と入れ替わりでシャワーを済ませる。さすがに女子だけに空井よりは時間がかかって出てくると、空井は冷たい水を手にして、ソファの上にいた。

「……大祐さん?」
「ん?」
「……ううん。なんでもない」

本当はなんでもなくはなくて、ソファの上で長身の姿を丸めて膝を抱えるようにしていた空井に目を丸くしたのだ。
それでも、そこには触れずに、ソファの前に腰をおろした。

ドライヤーをかけるのはコンセントの都合でどうしてもそこになってしまう。
軽くムースを付けてからドライヤーをかけ始めたリカを見ていた空井が手を伸ばす。撫でるように手櫛でリカが乾かしていくのを乱していく。

「ちょ、大祐さん」

目の粗い櫛を通すリカが真下に向ける流れを手で後ろに、後ろにと流していかれると、どうしても髪が広がって行ってしまう。
リカの抗議を聞いても止まらない手は、細いうなじを撫ではじめる。

「もー。邪魔しないで」
「邪魔してない」
「それじゃくすぐったいから!」
「じゃあ、邪魔じゃないね。くすぐってるわけじゃないし」

まるで屁理屈とでも言わんばかりの空井の返事に、生乾きのままドライヤーを止めたリカがくるっと振り返った。

「何を子供みたいなこと、言ってるの?」
「子供じゃないよ」

一見、普通に受け答えしているように見えたからこそ、リカはむぅ、と頬を膨らませるとドライヤーを諦めて藤枝から貰った花に水をやるために立ち上がる。
口の広い小さ目の花瓶代わりのコップに水を入れて、ばらした花を生けた。丸いローテーブルの上に置いたリカが振り返ると、膝を抱えて丸くなっている空井が、じっとそれを見ていた。

「大祐さん?」

ソファの前にぺたりと座ったリカが空井を見上げた。

「何?」
「明日はお休み?」
「違うよ」
「お仕事、ですよね」

平日なのに、じっとソファの上から動かない空井の腕にそっと手を伸ばした。

―― あれっ?……もしかして……

「大祐さん」
「何」
「もしかして……、拗ねてる?」

手にしていた水のペットボトルを持ち上げて、ごくっと飲んだ空井の顔を見ているうちに、まさかと思ったが本当に拗ねてるらしいことに驚いてしまう。
いつも空井は、リカの前ではテンパることもあるが、拗ねたりさっきのように意味もない悪戯をすることなどなかったから、本気で拗ねているらしいのが意外すぎて、だんだん可愛らしく見えてくる。

きゅっとペットボトルのキャップを閉めた空井がいつもならべったりとリカにくっついてきそうなのにそれをせずにぷい、と顔を背ける。

「大祐さん」
「だから何」
「なんで拗ねてるの?」

拗ねていても、律儀にちゃんと返事をする空井がおかしくて、笑いそうになる口元を引き締めて空井の顔を首を傾げて見上げる。

「……拗ねてない」
「嘘でしょ。絶対拗ねてるもの」
「……」

さすがに2回目の駄目押しには答えずに顔を逸らしたソファの足元に無理やり座ったリカがじっと顔を覗き込む。その視線から逃げようとした空井の頬をリカの手が押さえた。

「大祐さん?」

ふう、と深く息を吸い込んだ空井が手を伸ばしてペットボトルをテーブルに置くと、よっと小さく声を上げてリカを抱え上げた。

むっつりとしたままベッドに移動すると、さっさと電気を消してしまい、部屋の中が暗くなる。

いつもならリカを抱えるように抱きしめて眠るはずが、今日はリカの腕に抱きかかえられるような恰好で抱きついてきた。

「どうしたの。言いたくないならいいんだけど、私、何か気に入らないことした?」
「……してない」
「そう?」

柔らかなリカの胸元に頬を寄せるようにして、再び深いため息が聞こえた。

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