酒と花と少しのロマンス 2

―― 絶対に飲んでやる!!

心の中で拳を握りしめた藤枝は、深いため息をついた。
同じ局から同じ目的地に向かうということで、待ち合わせをしたリカと一緒に藤枝は電車のホームにいた。

「なんか無口だけどどうしたの?疲れてんの?」

何気なくリカにそういわれて、ひくっと藤枝の顔が引きつる。

「……疲れてねーよ」

―― 疲れてるに決まってるだろ!お前のために俺が今日一日どれだけ!!

局を出てからホームに向かう間、一応、女子としての自覚があるのか、裾をおさえたリカが歩く足元からつま先が覗いた靴がちらりと見えて、その姿に思わず“おっ”と視線が集まる。ホームに向かえば電車が来るときの風にふわりと揺れるのは大人女子が可愛らしく着ているワンピの裾で、リカの長身と共に自然と人の目が集まる。

「俺じゃ、絶対無理……」
「何が?」
「さあね」

滑り込んできた電車に乗り込むが、ここはやはり、連れとしてふるまうしかない。微妙な距離を保ちながら隣に立っているだけでなんだかなぁと呟きたくなる。

これでも自分は一応、全国区のアナウンサーだぞ、と思うが、かたわらにはモデルかと思うような女が立っているわけで、ここで放置したら後のことなど考えたくもない。

藤枝も、関係が微妙な女子を連れて歩くこともなくはない。その方がはるかに気が楽だったかもしれないなとも思う。
電車の中が込み合ってきて、停車駅の一つ手前で大きくカーブに差し掛かる。その勢いにかくん、とリカがバランスを崩した。

「きゃっ」
「おっと」
「……ごめん。慣れてない靴だから」
「……いいけどな」

はっしとリカの腰に手を回して支えた藤枝が片腕で引き戻すと、ドアが開いたのを幸いに電車を降りた。
すうっと手を引いた藤枝が再び無言になってりん串へと向かう。

呑気にすぐそばを歩くリカは、もうみんな集まってるかなぁなどと気楽ことを言っているが、藤枝はたまったものではないと思っていた。
からからとりん串の入り口を開けて中に入ると、入ってすぐの場所からすでに片山のガハハ笑いが聞こえてくる。

「……いるね」
「……いるな」

今までなら、あのノリも時には呆れていたが今日だけはもう何でもいい。とにかく座敷に向かった藤枝とリカは、場所を聞くまでもなくそこにいるとわかる障子を開いた。

「おっ、藤枝ちゃーん。元気?稲ぴょ……ん?」
「え?稲葉来たの?稲葉!久しぶり~!何、あんた今日どうしたの。可愛いじゃん」

フリーズしかけた片山を押しのけた柚木が叫んだ一言に、その場にいた全員の視線がリカに向かっていた。

「稲ぴょん、可愛い!やっぱり娘がいる醍醐味ってこれだよね!」
「室長、その発言にはだいぶ問題がありますが、確かに稲葉さん、今日は特に可愛いですね」

そこはさすがに年の功。鷺坂と比嘉の立て直しの速さは並ではないが、まだまだ練れていない片山はぱくぱくと口を動かしながら振り返ってはリカの方を指差した。

「なんですか、片山さん!」
「いやいやいやいやいや!そ、空井?!」

ぐるっと振り返ったその先には、ビールを飲んで目元が薄ら赤くなっていたいる空井が嬉しそうにリカを見ている。
むぅ、と膨れたリカが片山を押しのけて空井の隣に腰を下ろすと、空いていたもう一つ、リカの隣に藤枝が腰を下ろした。

「藤枝さんもリカもお疲れ様。ビールでいいですよね?」
「はい」

空井が店の奥へと生二つ、と叫んで隣に座ったリカと幸せそうな笑みを交わす。

「約束どおりだね」
「約束ですから。でも、もう本当に大変」

連休の時の約束だと二人だけの時間を作っている後ろでお誕生日席に座っている片山と藤枝がまじまじと見つめ合う。

どん!

生ビールが運ばれてくるよりも先に、目の前にあった片山のビールを一気に飲み干した藤枝が力強く、ジョッキをテーブルに置いた。

「藤枝……ちゃん?」
「はい?」

にっこりと笑っているのに、藤枝の顔が怖い気がして、片山が助けを求めてすぐ隣の比嘉と一番遠い槇に視線を向けた。
空井はほのぼのと愛妻を眺めているが槇と柚木は、すでに顔を見合わせておいおい、と机の下でつつき合っている。

「藤枝さん。お久しぶりですけど、ぐいぐい飲まれますねー。いい感じです。どうぞ!魚も焼き鳥も食べてくださいね」
「ん!まずはもう一回乾杯しよう!お久しぶり~」

比嘉と鷺坂があっさりと大人の対応で対応している間はまだ何とかなるだろう。槙と柚木は向かい側の微妙な空気には触れずに済まそうとさりげなく空井たちの方へと少し席をずらした。
だが、そこは空気の読めなさダントツの片山である。

「なんだよ、藤枝ちゃん。超~機嫌悪そうだけどなんで?稲ぴょんの思わぬ可愛さに戸惑っちゃった?」

ぴき。

ど真ん中というくらいストレートな突っ込みに藤枝が思わず動きを止めてしまった。

そんなわけないだろう!というのもこのタイミングではどうにもフォローができない。そこに、自分に関しては鉄壁の誤解をし続けているリカがひらひらと手を振った。

「ちょっと片山さん?この藤枝に限ってそんなことあるわけないじゃないですか。もう、今日一日ずーっと!二度見する奴はいるし、皆、変だし、藤枝なんて文句ばっかり言ってたんですよ?」
「……変ってどんなですか?」

にこにこ。

「こ、怖い。……空井」

思わず柚木がそう呟いた口を慌てて槇が抑え込んだ。触らぬ何とかに祟りなしである。
幸いというべきか、本人であるリカだけは全く気付いてない。

「私だって、似合わないのはわかってるんですよ?なのに、そんなにじろじろ見られたらほんとにいたたまれなくて」

ふうん、という空気が一気に広がって、片山とリカ以外は事態をおおよそ察した上に、空井の笑みがまずいなと思う。

「似合わないなんてことはないですよ。そんなことはリカさんの誤解ですよ」

皆がいる前だからというのもあるのだろうが、呼びかけはリカさんになり、物言いもデスマス体である。
明らかにおかしいだろう!と突っ込むはずの片山は全く理解していないために、比嘉は生温い笑みを浮かべて頷いた。

 

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