優しい約束

「さっみ」

朝早くに起きだした藤枝は、顔を洗って自分ルーチンをこなす。

リビングのエアコンをつけずに、キッチンでコーヒーを沸かした。

携帯で朝のニュースをチェックしながら、カップを口に運ぶ。

年末の朝は、通常のニュースも稼働していないからネットニュースとSNSのチェックが一番早い。そして、バラエティ班じゃなくなってからも、年末年始の特番に顔を出すことがある藤枝は、大晦日まで仕事がある。

まだ表は明るくなる前で、この時間は起きてる人とこれから寝る人の入り乱れる時間だ。

『藤枝ちゃん、仕事納めは?』

ツイッターに飛んできていたDMに気付いて、返信を返す。いまだにつながりのある空自の面々は相変わらず元気で、しかもこういう時期はいつ寝ているのかと突っ込みたくなるくらいアグレッシブだ。

『これから仕事納めに行きます。仕事始めは明日から』
『マジか!無理すんなよー』

お互い様だと突っ込みそうになるが、ありがとう、とだけ返してカップを置いた。
かちゃ、とドアが開いた音がして、ひょこっと顔が覗き込む。

「……おはよ。起こしてくれていいのに」
「はよ。まだ早いでしょ?」
「うん~……」

まだ半分寝ているのか、目元をこすりながら傍に来た朋が背中のあたりに頭を寄せた。
これは本気で甘えていて、しかも寝ぼけているからだ。

気を付けて振り返ると両腕で抱え込む。

「寒いよー。外、ちらほら雪模様らしいし」
「んー……。外に出る人はあったかくしてください」
「家の中にいる人もだよ?」

ぽんぽん、と背中を叩いてぎゅーっと抱きしめた後、ゆっくり離れた。

「……手、痛い……」
「寒いからかなぁ?湿布してるよね。あとで取り換えて」
「はい~……」

ゆっくりと朋が離れると、頭をなでて上着を取りに向かう。
スーツは職場に置いてあるから、行き来はパーカーにパンツ姿なのだが、寒いからダウンを引っ張り出す。

メッセンジャーバックに携帯のバッテリーを放り込んで、エアコンのリモコンを手にする。

「こっちにいる?いるなら部屋あったかくして」
「ん-……。お風呂入ったら仕事部屋に行きます。大丈夫」
「そっか。じゃあ、終わったらメッセージ送るね」
「はい。行ってらっしゃい。玄関まで行く」

もこもこの部屋着のままで、玄関までついてくる。冷えた玄関で靴を履いていると、後ろからダウンの裾をくいっと引っ張られた。

「どした?」
「大晦日なのにお疲れ様」
「うん。ありがと。じゃ、ね」
「はい。行ってらっしゃい」

半同棲状態から一度引っ越しして、今は藤枝の部屋に一緒に住んでいる。その朋を部屋において、藤枝は局に向かった。

「はよーございまーす」

フロアで挨拶の声を上げてもさすがに人が少ない。更衣室で着替えを済ませて今日の予定をチェックする。藤枝の登板回は午前中に寄せてあって、午後は夕方に生があるだけだ。

打ち合わせをして、時間の隙間のニュースをこなして、お昼に食堂に向かっても、やはり人は少ない。

「ねぇ」
「おう!びっくりさせるな」
「いや、声かけただけだから」

背後から近づいてきたリカをあしらいながら、トレイをもって窓際の席につく。
その後ろから同じくトレイをもってついてきたリカが椅子を引いて斜め向かい側に腰を下ろした。

「お前、休みじゃなかったの?」
「阿久津さんとか皆上が休みだから仕方ないのよ」

仕方がない、といっているが本当に不満で行ってるわけでもなさそうだ。お互い立派なワーカーホリックの自覚はある。

「藤枝だって、当番あっても休み取ろうと思えばとれたでしょ?」

肩を竦めただけで、それを聞き流しながら定食の味噌汁に手を伸ばした。

お互いにマスクは片耳にかけたままでの食事も慣れたものだ。

「空井君とも飲んでないなー」
「そりゃそうでしょ」
「家飲みできるようになったら飲もうって言っといて」
「わかった」

そういうリカも、最近はカレーの日が少し減ったらしい。定食が多くなったのは空井の影響もあるようだ。

「お前がカレーじゃないってのも最近、ようやく見慣れてきたな」
「だって、そういうのばっかりだと大祐さんに怒られるんだもん」
「いつまでも若くないって?」
「うっさい」

そういって、軽く睨んでくるリカにそういえばと顔を上げた。

「空井君ってさ、なんでも飲むんだっけ?」
「え?うーん、たぶん?」
「んじゃさ、帰る前に声かけて。貰い物だけど洋酒持ってきた。ちょっといいやつ」
「あ、ほんと?ありがとう」

貰い物で酒をもらうのもようやく戻ってきた気がする。外で飲めない分、皆、周りは箱買いするメンツが多くてこういうやり取りもかなり減っていたからだ。

でも、少しだけ落ち着いた気配になってきて、この年末ということもあって、何本かもらったものの一つである。

食べ終わって、先に立ったリカに片手をあげて見送ると、人心地着いてから後を追うように立ち上がる。
午後の打ち合わせを早めに済ませて、生をこなして、リカに手土産の酒を受け渡すところまで済ませれば本当に仕事納めだ。

『これから帰ります』

そんなメッセージを送るとそれほど間を置かずに既読がついた。

『お疲れ様です。待ってます。寒いので気を付けて』

そんな返事を見てから家に向かう。待機組ではないので、電車に乗ってまっすぐ家に向かう。
正月の支度といってもたかが知れていて、もともと一人の時は酒とオードブルを買う程度だったが、朋が一緒に暮らすようになって、彼女がせっせとできる範囲のことをしてくれるようになった。

おかげで、それが楽しくて、一緒に何かできることはないかと毎年思うのだが、正月はできることが限られている。クリスマスなら色々できても正月はせいぜい、家の掃除をするくらいだ。

マンションに戻って、部屋に入ると思ったよりも温かくない部屋に首を傾げた。

「ただいま?」
「あ、おかえりなさい」
「なんでこんな寒いままにしてるの」

てっきり仕事でもしているのかと仕事部屋をのぞいたが姿がなかった朋はキッチンに立っていた。

「今日寒いから、支度始めるとあったかいものは冷めちゃうけど、冷蔵庫がもう一杯で、だったら寒い方がいいなと思って」
「はぁ?それで自分も寒いなかにいたらだめでしょ」

そう言いながら手を洗って、着替えに向かう。テーブルの上にすでにサラダやあれこれが並んでいたのは目に入っていたから手早く着替えを済ませる。

「敏くん、何飲みます?」
「あー、とりあえずビールで」
「はーい」

食事の支度をしてくれている朋と、今日の外の様子を話しながらリビングに戻る。彼女は最近、会社の仕事だけでなく、副業で編集の仕事も始めていて、家で仕事をしている時間が恐ろしく長くなっている。

動画の編集なら多少は話を聞くこともできるし、サラリーマンの自分にはない事だが、こうして本業以外でも仕事をしている姿はやはり尊敬してしまう。

「今日はちょっとだけ動画編集してから後は配信みたりかな。家の中でも外の様子がわかるってすごいね」
「外の様子って雪ふったの知らないでしょ?」
「知ってる。ちょっと降って、すぐやんだって」
「くっそ、SNSかよ」

エアコンのスイッチを入れて、彼女の分のグラスも用意する。おせち料理はそもそも主婦が動き回らなくてもいいようにという意味があるらしいと聞いたことがあるくらい作り置きが多いはずなのに、結局そうでないことの方が多い。

「さて、なんか手伝えることある?運ぶだけ?」
「うん、座ってて」
「いいよ、手伝うよ」
「働いてきた人はゆっくりしてて」

家にいたからといって、あなたも働いていただろう、と言いそうになるから、それは聞き流してキッチンに立つ。

「これは?もういい?」
「うん」
「テレビと配信、どっちー?」
「どっちでも」

これも一昔前ではなかったことだ。
テレビ一択から衛星放送が増えて、さらに今ではネット配信もだ。選択肢が増えることは面白いことも多いが、大変なことも多い。

そして仕事のチャンスも多くなった。

「お待たせしましたー。お疲れさま」
「こちらこそ、正月はいつもお任せですんません」
「いえいえ。じゃあ、乾杯」

朋も軽い酒を用意して、一緒にグラスを合わせる。

「あー、今年も大変お世話になりました」
「こちらこそ、お世話になりました。私が仕事増やしたりしたから迷惑もたくさんおかけしました」
「いやいや、いい勉強になります」

お互いにそんな話をしながら最初の一口を口にする。

「なんか一緒に住ませてもらって、コロナがあって、三年たつって不思議な気がする」
「確かにね。確かにこの二年でひとくくりっていうか、そんなだよね」
「ん。よくこんななかで一緒にいてくれました」

頭を下げられると苦笑いしかない。
初めの頃はこんな話をされたら不安になっただろうが、今はそんなこともないのだ。書類だけのことはなくても、一緒にいてくれることに安心もあるし、信頼もある。

「こちらこそですよ。外に行かなくてもいい仕事の朋さんにリスク背負わせる時もあるからね」
「いえいえ、敏くんがいなかったら本当に引きこもりだろうし、どっか地方に引っ越してたかも。どこにいても環境あれば仕事できるしね」
「確かになー。それを考えると一緒にいてくれてありがとうは、俺も一緒だな」

お互いになかなか忙しくて、自由に何かできるような日々でもないが、それでも嬉しいことや楽しいことを一緒に過ごせる関係がありがたい。

「とんでもない。こちらこそかな。来年もよろしくお願いします」
「はい。こちらこそ」
「あと、あの」
「ん?」

グラスを置いた朋に首を傾げる。

「今さらといわれるかもしれないけど」

少し困った様子だった朋が藤枝の片手を握った。
そして、小さく呟いた言葉を聞いて、思わず二度見する。

「え?もっかい、言って」
「もしよければ……」

もしよければ。

ソファに並んで座った彼女を抱きしめて目をつむる。

「……ありがとう」
「お礼を言うのは私の方よ?」
「うん。それでも」

ありがとう。一緒にいてくれて。

どんどん変わりゆく世界の中で、大事な人と過ごせる時間を大事にしていこう。

—end

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