未完成ロマンス 7

舞い上がりすぎた、と反省したのか車に乗ってからは少し落ち着きを取り戻した大祐が滑らかな運転で走らせていく。

「先にコンビニでもよろうか?」
「結構かかる?」
「んー……。どういうルートで行こうか迷ったけど、やっぱり市内まで一度でて抜けて、かなぁ」

仙台駅までかかる時間を考えると、そのくらいは少し予測がつく。ただ、市内を抜けるならまだ立ち寄る機会はあるだろう。

「大丈夫。寄ってほしいところで言うから」

わかった、と走らせながらカーナビに視線を送る。三陸道に乗って、利府JCTで北を回るか、南を回るかの選択だ。結局南をとって、仙台港で下りた。

そこからまっすぐに仙台市内を抜ける。一般道を走りながら標識は秋保、作並と方面が差す方へと走る。

「……あのね。ちょっと後悔」
「なにが?」
「いつも、リカに可愛い恰好しないでって言うけど、前言ちょっと撤回」

片腕でハンドルを握った大祐が左手を差し出す。ぱっ、ぱっ、と掌を開いては握るとリカが手を重ねる。きゅっと嬉しそうに指を絡めて手を握ると、困ったようにその顔が笑っていた。

「やっぱり、可愛いものは可愛いね」
「それは大祐さんの贔屓目だと思うけど?こんな格好、向こうでしたら不気味に思われるだけだと思う」
「それは、リカが自分のこと、わかってなさすぎだからじゃない?」

―― これで本気だから困るんだ。ギャップに萌える男だって多いんだし、そもそも十分に可愛いのに

初めに空幕に来た時だって、ふれこみは『美人ディレクター』って言われていたことをリカは知らない。それよりもガツガツと言われたことの方が尾を引いていて、いまだに可愛げのない、ガツガツだと思っているのだ。

「リカさん……」
「はい?」
「今度、俺がそっちに行くとき、朝からそういう格好してって言ったら怒る?」

シートに安心しきって体を預けているリカがヘッドレストに頭を乗せたまま大祐の横顔をまじまじと見る。
今までは、頼むから可愛い恰好で仕事に行かないでくれと言われて、呆れながらそんな恰好じゃ仕事にならないと言ったことがあった。珠輝の恰好を見ればそれで仕事にならないということもないと言われそうだが、報道にいたリカには仕事の時によほどでなければスカートをはくことはなかったのに。

「こんな格好?!」
「駄目?」

オートマだから片手でも運転できるのはわかるが、つないだ手の甲を指がすりすりと撫でてくる。
大祐が甘えているのだと思うと、男の人なのに可愛いなんてと苦笑いが浮かぶ。ひざ丈のスカートなら着ることもあったが、こんな長い丈なんてと思う。

「……じゃあ、ロケとかそういう仕事がなかったら、でいいですか?」
「よっしゃ!あっ……!もちろん」
「大祐さん、おかしい……」

つい、嬉しくて、つないでいた手を離してぐっと拳を上げた大祐を見てリカが笑い出す。こんなに喜んでくれるなんて思ってもいなかったのだ。
珠輝に言われて、似合わないと思いながらも精一杯頑張ってみてよかったと思う。

照れくさそうに大きな手で何度も口元に手を持っていく大祐が信号で止まったタイミングでリカをちらりと見た。

「どんな時でも可愛いけど、……あ、会う時にそういう格好してくれたのが嬉しいんだってば」

自分と会う時にというのが堪らないのだという大祐の目の奥に強い光をみてドキッとする。思えば1か月ぶりに顔を合わせたのだ。

「や、やめてください。もう……」

どちらも狭い車の中で照れあっていながら車を走らせて、北回りをとった大祐は、地元で言うところの定義さんに向かった。

お参りをした後に名物だという三角あぶらあげを食べて、作並温泉のある方へ向かい、途中のお蕎麦屋さんでお昼をとる。そこから近い場所をいくつか見て歩いて、早めに宿に入った。

二人でチェックインを済ませたあと、宿のスタッフに女性は浴衣が選べるときいて、ロビーに並んでいる浴衣の中から一枚を選ぶことになる。
どれにしようかと迷っていると、淡い紫からブルーのグラデーションのような柄に横から手が伸びた。

「これは?」
「ああ。きれいな柄ですよね。奥様によくお似合いになるかと」

すぐ後ろにいた女性スタッフが頷きながら大祐が選んだ浴衣に似合う帯を選ぶ。チェックインの際に書いた宿帳で、夫婦だとはわかっているらしく、濃紺の帯を選んだスタッフが引き出した浴衣の上に帯を重ねて見せる。
どう?とリカの顔を見た大祐に、リカが頷いた。

「じゃあこれでお願いします」
「はい。それではこちらへ」

そこから温泉の案内を聞きながら館内を案内されて、部屋へと向かう。
リカは仕事でもプライベートでも旅館やホテルに泊まることがある。部屋に入って、スタッフが部屋を出ていくと、ふあ、と大祐がため息をついた。

「自分、こういう旅館は初めてなので、緊張しちゃって……」
「そうなの?」
「うん。仕事はこういう場所には泊まらないし、旅行なんかしたことなかったし」

一瞬、“自分”といった大祐が所在無げに窓側の椅子の傍に鞄を置いてから、その傍に自分の鞄を置いたリカを抱きしめた。

「なんだろう。色々、初めてばっかりだからかな。落ち着かないよ」
「大祐さんがこんなに緊張するなんて思わなかった」
「そりゃ……。大抵のことには緊張しないけど、逆に……なんか普通過ぎてってのも変かな」

旅館の和室で、落ち着かないと言って部屋の隅で立ったまま抱き締めあう。
そんな大祐が愛おしくて、リカはぽんぽん、と優しく手を伸ばして大祐の頭を撫でた。

「大丈夫ですよ。一緒だもの」
「……だよね」

そう言って顔を寄せてきた大祐の口元に慌てたリカが手を当てる。

「だ、駄目!仲居さんが挨拶に来るから!」
「え?!」

驚いた大祐がリカを抱き寄せていた腕を緩めたのとほとんど同時にぴんぽん、と部屋のチャイムが鳴った。
ほらね、とくるっと目を向けたリカが大祐から離れて部屋の入り口へと向かう。ドアを開けたリカが先に立って、人のよさそうな着物姿の女性が入ってきた。

畳に手をついて、挨拶の口上を口にすると、食事の時間や布団を敷きに来る時間を確認する。

「それではご夕食はレストランの方へ、18時に。その間にお布団の方はご用意させていただきます」

それから貴重品は部屋の金庫に入れることもできる、など説明を受けていると、若い二人と思ったからか浴衣が着られなかったらお手伝いしますので、と言われてしまった。
それがリカの負けず嫌いに火をつけたのか、にっこりと微笑み返したリカが大丈夫です、と言っているのを聞いて大祐の方が驚く。

「リカ、着られるの?」
「失礼な!着られます。何でしたら、大祐さんにも着せてあげますよ」

少しだけ拗ねた顔で言い返したリカと大祐のやり取りにくすっと仲居が微笑ましそうに笑って、それでは、と部屋を出ていく。頬を膨らませたリカがすっかり拗ねた顔をして、部屋の隅に置かれた浴衣を手にすると、大祐の分を一組揃えてすいっと差し出した。

「本当に着せてあげましょうか?」
「え?!えぇ?!だって、男は着るだけでしょ?外を歩くわけじゃないだろうし」
「そうですけど……。じゃあ、ちょっと私も着替えてきますね。それから温泉入りに行きましょう?」
「う……、はい」

すっかりうろたえた大祐を置いて、リカが浴衣と鞄から小さなポーチを持って部屋に備え付けられたバスルームの脱衣所に向かった。

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