「さて」
「はい」

12月25日。
空井家のリビング。

一緒になって買い替えたウッドテーブルの上には、リカが作ったシーザーサラダと、大祐が作ったドライトマトとオリーブのマリネと、ジェノベーゼのパスタが並ぶ。

「「いただきます」」

互いに両手を合わせてから、新しく買ったトングでお互いの分を取り分ける。

「このトング、百円ショップで買ったんですけど、なかなかかわいくて使いやすいの」
「お、よかったですねぇ。こういうのもあるんだ?」
「あるの、それが。なんか、いくつかショップでも置いてるものの傾向が違うので、面白いの。」

二人が住むあたりからすぐ近くにもいくつか、駅をいくつか動けばさらに色んな店がある。
それほど高くなくとも、ある程度デザインやこだわった便利なものが手に入るのはありがたい。

安いから手軽に複数買い置けるのも嬉しい。

「うん。リカさんが作ったサラダおいしい」
「……そ、それはよかった」

今までも大祐がリカの作ったものにだめだしすることはほとんどなかったが、時々からかわれる。ようやく少しずつでも料理するようになったのだから誉めてほしいと思う反面、褒められるといたたまれない気持ちにもなる。

大祐の方は、さらに腕をあげてまるでお店のようなメニューを並べてくる。
今日もドライトマトとオリーブのマリネなど、家で作るようなものだと思ってなかった。

「うわ。おいし」
「よかった。もっと時間があったら色々作りたかったんだけどな」

少し不満そうな大祐にじゅーぶんだから、とリカは呟くが、大祐的には及第点にはならないらしい。

「いや、だってさ。おうちご飯が多くなって、こういう食材だって買いやすくなったじゃん?だから、外でご飯できない分、めちゃくちゃ凝ってやろうって思ってたんだけど、帰ってくる時間を計算するとね」
「いつもおいしくいただいております」
「こちらこそ。なんか、いつも以上に今年はクリスマスかぁって気になるしね」

互いに、顔を見合わせて少し苦笑いで頷く。

「あと一週間で今年も終わりかと思うと、なんだか不思議だって思うよね」
「今年は特にねぇ……」
「でもさ。俺思うんだけど……」

大変なことは人それぞれにあって、もう無理だと思う事や、どうすればいいかわからなくて目の前が真っ暗になるようなことがあっても。
いつの間にか人は、その時期を乗り越えてまた平和な日々を過ごすこともあれば、もっと大変な思いをして、まだあの頃はよかったと思ったりするかもしれない。

肉体的にも精神的にも辛かった頃がある。

あの頃と比べると、今は精神的に追い込まれる時期ともいえるかもしれない。

「勝利のない戦いって……、ほんと、思ってもいなかったけどこんな風になる日が来るなんて」

思ってもいなかった。
あの未曽有の災害のような辛い日々は来ないだろうと思っていたけども、今も絶え間ない不安に押しつぶされそうな日々が続いている。

リカはすっかり、帝都イブニングが始まる前に毎日の速報をチェックすることが日課になってしまった。

「うん。やっぱり、人間の想像力なんて限られてて、現実の方が上回るんだよね。つくづくそう思うよ」

一緒に暮らす日々も変わってしまった。
時には、離れて暮らそうかという話も出たが、できる限り自然で行こうと決めた。

「私たちも、これだけ毎日報道してるのに、まだまだちゃんと伝えきれてないことがたくさんあって、悔しいけど、悔しいと思ったことは絶対このままにはしないつもり」

あの頃の報道と同じように、毎日毎日繰り返す内容に見ている視聴者も疲れてしまうだろう。飽きて慣れてしまうこともあるだろう。

だからこそ、春先の頃以上に、ナチュラルに受け止めやすいように番組作りについて、議論も多くなっている。

「あっ。大祐さん、お花!」

なるべく暖かすぎない場所にとテレビの隣に置いた赤いバラの花が、つぼみだったのに少しずつ開いてきていた。

「お。やっぱり暖かいとあっという間に咲いちゃうね」
「バラはそね。でもすごくきれい。嬉しい」
「うん。いつも代わり映えしなくて申し訳ないけど」

時々、大祐が帰り路にある店でいろいろな花を買ってくる。

なかなか部屋に花を飾ることがなかったリカも、それが楽しみになって、いつの間にかかわいらしい花瓶を集め始めてしまった。

「ん、そうだ。ビール出すの忘れてた」
「あ、俺が持ってくるよ」
「いい、大丈夫」

そういえば飲み物が、と立ち上がったリカが冷蔵庫から缶ビールを持ってくる。普段はそのまま飲んでしまうが、せっかくだからと頂き物のペアグラスを取り出した。

「ね、大祐さん」
「はい?」
「お花、また時々買ってきて。私も、何か番組でおいしいものとかみつけたら買ってくるわね」
「何?急に」

クリスマスだから、濃いめのピンクのバラを買ってきた。こうして花を買ってくること自体はリカも喜んでくれるわけで。

「大事だなぁって。家にいることが増えて、なんか必要じゃないのに買い物しちゃったりするんだけど。こうやって一緒に食事できたり、ちょっと嬉しい事って楽しむべきだなぁって思って。ほら、番組でもそうやって紹介してるんだし?」
「なるほどね。わかった。同感なので俺も何かリクエスト考えようかな」

いや、どうしても俺の方が間に合わないか……、とぶつぶつ呟く大祐にくすっと笑う。

食事を終えて、二人で流しに立つ。洗い物をして、新しいビールを開けながら、これくらいで十分だよねと言い合ったコンビニの小さなケーキを分ける。

「ねぇ。リカさん」
「何?」
「仕事、あと2日だっけ」
「うん、でも最後の日は休みにしようかなって」

いつもなら生でバタバタ動き回っていたが、今年はだいぶ違う。

「じゃあさ。今年が終わるまでに今年やろうとしていたことでやり残したこと、毎日ひとつづつやらない?全部あげていって、できることから」
「やり残したこと……。いっぱいありすぎるわ。例えば、……大祐さんと温泉にいきたかったなぁとか」
「温泉!いいね。じゃあ、家を温泉みたいにしようか。温泉の元買ってきて、アメニティもそろえて、夕飯はめちゃくちゃ豪華にするとか」
「家のお風呂で?そういう事じゃないんですけど……」

子供のように笑う大祐は、リカの手を取る。

「じゃあ、俺が給仕するよ?あとは?」
「いや、そういうことじゃ……。ん、あとは、映画見に行けなかったなとか」
「よし、じゃあ、あれは?動画配信とかさ。ほとんどのところがお試しとかあるからそれで登録して見まくろう」

ん?ん?と、満面の笑顔で。

―― ああ。尻尾振ったわんこが見える……

そう思った時点でなんだか笑いがこみあげてきた。

「すごい。大祐さん」
「ん?なにが?あとね、俺はリカさんとカフェっぽいやつ飲みたい!あ、マグカップそれ用に新しいの買おうか。あとシロップとか」
「お願い事、ちっさ……」

小さくないよ、という大祐は冷蔵庫の前に置いてある小さなホワイトボードをいそいそと持ってくる。

「これに書こう」
「えー?それにお掃除するところ書こうと思ってたのに」
「大丈夫。それは俺が記憶するから」
「うっそ。本当に?」

手を伸ばして、大祐の手からボードを受け取る。ペンを手に一つ一つ書いていく。

毎日、できることをできる範囲でやりながら、ふと思った時に、楽しく過ごせたこととか、おいしかったこと、笑った一瞬を思いながら。

 

どうぞ、来年も健やかに過ごせますように。

—end

 

 

 

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