ブーケとブートニア3

酒を飲んで帰ったのは、それでも早めな時間で0時を過ぎる前である。

部屋に入って、すぐ鞄を置いて台所に立つと、薔薇を手にして周りを包んでいたセロファンをはがした。ボウルに水を張って、水切りをした後、そのまま花瓶に入れようか迷う。
薔薇はもともと丁寧に水切りしてもあまり長持ちさせられたためしがないのだ。

どうせなら、きれいなままで逆さにしてドライフラワーにした方がきれいなラッピングもそのまま残せる。

「うん、そうしよ」

バスルームの脇にある壁のフックにラッピングの内側に見えるワイヤーを引っかけた。これだけの本数だと輪ゴムだけではしっかりキープできないのだろう。

リボンもそのままに吊るされた薔薇は色をキープしながらきれいにそこにいた。

やるべきことを済ませた後、シャワーを浴びておちついてからふと携帯を手にする。
着信2件にメールが数通。

―― やば。

慌てて履歴をみれば空井からで、メールは自宅に帰った報告、今頃飲んでいるだろうリカにこんなご飯にしました、とそれから何時に帰る?というので終わっていた。

時計を見るともう眠っているかもしれないと思って、メールを返した。

『遅くなってごめんなさい。藤枝と、藤枝のキャスター1周年を祝ってきました。でも大祐さんのご飯の方がおいしそう。明日は電話しますね。おやすみなさい』

送信を押して、携帯から手を離しかけた瞬間、着信のランプが光った。液晶を流れる名前を見て耳にあてた。

「もしもし。まだ起きてたんですか?」
『お帰りなさい。起きてますよ。明日なんて言われたら電話しちゃうでしょ』

明日まで声が聞けないのかと思ったら。

諭すような声になんだか甘えたくなる。

「だって遅くなったから寝てたら起こしたくなかったんだもの」
『だって遅いから心配で眠れなかったんだもの』

そっくり言い返されて、ぐっと言葉に詰まる。電話の向こうではあはは、と笑って嘘嘘という明るい声がした。

『今までの生活だったら飲んで終電とか当たり前だったんでしょ?そう言うの、あんまり軽く止めろとか言えないよ』

空井の方もそうだが、飲みの席では、先に帰るなどなかなか難しい。付き合いがあるわけだし、楽しい瞬間を単に自分が縛り付けるためだけに帰ってこいとはいえなかった。

電話の向こうのリカのため息のように大きく吐いた息が聞こえて、きっと随分飲んだのだろうなぁと思う。正直、苦笑いを浮かべてしまうが無理矢理話を捻じ曲げた。

『藤枝さん、キャスター1周年なんだ』
「そ。未だに時々噛むけどね。それでもあいつも頑張った結果だからすごいねって褒めてあげたかったの」

もやっとしたものを感じはするが、ここで目くじらを立てるほど男として小さい姿は見せたくない。
そうだね、といいながらも少しずつ浸食してくるもやもやをあたまから追い払って、ぽつぽつと話を続けた。

そのうちに、欠伸をかみ殺している気配に、そろそろ寝よう、と空井の方から促す。

「えー?もう寝ちゃうんですか?」
『だって、リカ、眠そうだよ?』
「そんなことない。ただ、大祐さんの声を聞いてるのが気持ちいいだけです」

目を閉じて聞いているとすぐ隣にいてくれるような気がする。
ソファに丸くなったままで聞いているリカはもっと何か話してください、とねだった。

『ベッドに入ってる?』
「ソファです」
『じゃ、駄目』

そのまま寝てしまいそうなリカにダメ出しをすると、渋々立ち上がってベッドに向かったらしい。ばふっと潜り込んでる音がする。

「はい。ベッドに来ました。……今度、抱き枕買おうかな」
『なんで?』
「……大祐さんの服着せるの」

―― ああ、またそういう事を言う

もやもやよりも先ににやにやが勝った。
いつもより甘えたいのかな、と思いながらじゃあ僕はリカぴょん枕買わなきゃ、と言い返す。

『次に来た時に一緒に買って、服着せて帰って』
「なんで?!嫌!」
『いいじゃん。リカが俺の服を抱き枕に着せてても可愛いだけだけど、俺がリカの服着せてたらただの変態だよ』

情けなさそうに呟いた声にリカが笑い出す。あははは、と笑い転げているリカにひどいなぁと呟いた。
それでも目が覚めたらしいのは一瞬で、ぽつぽつと話しているうちに返事の中身があやふやになってくる。

―― ああ、眠いのかな

そう思っていると、返事が途絶えた。

「リカ?」

確かめる様に問いかけた電話には何の反応もなくて、すう、すう、と気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

「お休み」

そう言って空井はそっと電話を切った。枕元に携帯を置くと、そのまままだ繋がっているような気がして、なんだか嬉しかった。

予定があわないわけではなく、今週は会わない週と決めたのだ。
そうでないと、毎週、東京松島間を毎週どちらかが往復していたら恐ろしいことになる。今後の生活も考えるとそうそう無駄遣いをしていられないというのもある。

金曜の夜に長電話をした後、話をしていれば会いたくて仕方がなくなる。そう思って、朝から部屋の片づけと洗濯に費やしていた。

昼過ぎになって一段落したところで、出かける支度を始める。これが空井に会うのなら、気合を入れて可愛らしい恰好の一つもするところだが、会うのは藤枝だ。
いつもとほとんど変わらない格好で、家を出る。リカの家と藤枝の家からの距離を考えて、丸の内周辺でいくつか店を回ることにしていた。

「お待たせ」
「お。……なんだよ。休みの日くらいもっと可愛い恰好しろよ」
「なんでアンタと回るのにそんなことしなきゃいけないの。さ、行くよ」
「お前なぁ。それじゃ愛想も何もないだろ」

待ち合わせ場所で合流すると、ぶつぶつとこぼす藤枝を急き立てて近くの商業施設に入る。
このあたりだけで、ジュエリーショップがいくつあるだろう。特にこれというブランドのこだわりもないだけに、途方に暮れるほど店はあちこちにあった。

「ちょちょちょ。お前なぁ、仮にも結婚指輪探すんだろ?アクセサリーショップじゃなくて、ジュエリーな?」

アクセサリーショップらしき店があると、突進しようとするリカに頭を抱えた藤枝にたびたび制止される。
確かに、男性に負担をかけずに済ませるなら安価なペアリングでもいいのかもしれない。だが、それではさすがに空井の立場がないだろう。

3年近く恋い焦がれた女にそんな気遣いをされたと思っただけで、男としては非常に情けなくなる。

「いくらなんだって、空井君だってその辺考えてるだろ?いきなり、ん百万の式するってわけじゃないんだし……。てかお前、婚約指輪は?」
「いらないって言った」
「はぁ?!」
「だって、別に……。石のついたリングならいくつか持ってるし、わざわざ買わなくてもいいし」

呆れるのを通り越して、珍しい生き物でも見るような目になってしまう。
はたして、稲葉とはそういう女だったか?!と藤枝の中では大きな疑問になった。ルックスも悪くないし、服や小物のセンスも悪くない。
なのに、呆れるほどのいい様はなんだろう。

ふっとそう思うと、リカの眉間に皺を寄せた横顔をまじまじと眺めた。

「お前さ。本当はどんな安くても、どんなにダサくても空井君に選んでほしかったんじゃねぇの?」
「はぁ?何を?」
「婚約指輪を」

何を言ってるの、とはねつけたものの、藤枝にはリカがたとえ、缶コーヒーのプルタブでもきっと嬉しいと言って涙しただろう姿がまざまざと浮かんだ。

―― だから、結婚指輪もどうでもいいってか……。ほんと、不器用な奴

仕方がないとばかりにリカの手首をつかんだ。

「なんか一緒にいる俺の方が不安になってくるわ。ちょっとこいよ」

そういって、何するの、と不満そうなリカを一つのショップに引き込んだ。
いらっしゃいませ、という店員の声を聞きながら一番奥の方のショーケースに近づく。

「いらっしゃいませ。お探しなのはご結婚指輪ですか?」
「そうなんですよ。こいつの彼氏に頼まれまして。あ、こいつの彼氏、遠距離の上に超~多忙なんですよー。可哀想でしょ?だから代わりに一緒にまわってやってくれって頼まれちゃったんです」

にっこり。
得意の藤枝スマイルに店員もあら、と視線を向けた。

「付添っていいながら本当は彼氏なんじゃないんですか?」
「まさか!俺には俺を待っていてくれるはずのとてもキュートな女性がいるはずなんです。たとえば、あなたのような」
「やだぁ……」

ショーケースに肘をついて、店員と本気なのか、なんなのか、わかりづらい会話を藤枝がしている間にリカはケースの中に視線を向けた。
デザインが全く同じものもあれば、男女で異なるリングもある。

正直、本当にこだわりがないリカにはどれもこれもと思っていた。

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