遅れてきたメール3

「んー、私もなんだか半端な時間に食べちゃって、夕飯らしい夕飯というか……」

キッチンに移動したリカから視線が逸らせず、ずっと目で追ってしまう。手を洗って、グラスを手にしたリカは、冷蔵庫からビールの缶を取り出した。

「大したものないんですけど、先にビールでも」
「気を遣わなくていいですよ」

ソファに座った空井の前にぺたりと膝をついたリカが缶をあけてビールを注ぐ。どうぞ、と差し出しておいて、再び立ち上がった。

「……この部屋に入った初めての男性ですから」

そんな風にはできません、と小さく付け足したリカがキッチンに立つ。

―― うわー……なんだろう。今日は会ってからずっといちいち可愛いんですけど

自分が初めてだと言われると増々緊張してくる。見るともなしに部屋の中を見ていると、リカらしいと思うところと、意外なものが混在していた。

基本的にはシンプルなのが好きなのだろうが、テレビ台の下に入っているDVDデッキの脇に、小さなぬいぐるみが置いてあったり、もう一つある食卓用らしいテーブルには真ん中にガラスの器が置いてあって、白い貝殻のようなものと花が飾られていた。

「空井さん、駄目なものありますか?」
「ありませんよ。基本、食事は残さず食べます」
「基本って……」

ああそうか、と頭を掻く。基地にいる限り食事はでるわけで、寮にいれば本当に三食すべて出てくる。それに対して、どうしてもアレルギーや苦手な物でもない限り、皆残さず食べることになっていた。

「僕ら、普段がそうなんでもうそれに慣れちゃってて。たまに表で食べると新鮮ですよね。こっちにいた時は、たまに自分でも作りましたけど、なんかそうなっちゃうと毎日同じものばっか食べちゃって」
「う、もう随分詳しくなったつもりだけど、やっぱりまだまだ知らない事の方が多い……」

ぱたぱたと忙しなく動く気配がして、カウンターキッチンの上に皿が並べられる。
電子レンジなのかトースターなのか、軽くちん、と可愛い音がした。

「空井さん、ソファのほうがいいですよね?」
「あ、全然平気ですよ。そっちに行こうか」

皿を持ったリカをみて、丸いテーブルの方へと移動する。
砕けた口調と、これまでの話し方が混ざるのが二人の距離感を表している気がして、なんだか落ち着かなかった。

直に座る方のは膝が辛くないのかと気遣ったらしい。立ち上がって、自分のビールとグラスをテーブルの方へ移動させて座りなおした。

スライスしたバゲットにトマト煮込み風のものが添えられていて、アボガドのスライスらしいものがテーブルに並んだ。

「なんかバーのつまみみたいですね」

ひどく申し訳なさそうなリカに首を振って、リカのグラスにもビールを注ぐ。
そう言えばと、もうだいぶ前のことを思い出した。

「なんかやっぱりこういうの女性ですよね。前にね。こっちにいた時、うちに片山さんと比嘉さんが来たんですよ。もう、ビールは缶のまま、つまみは袋からってかんじで」
「それは……、そのメンバーなら仕方がないんじゃ……って空井さんちだったんですよね」
「ええ。でもほら、あの二人ですから、僕が何か出す前にもう勝手に」

ふわふわっと動くだ空井の手にその場が想像できてしまう。
くく、と笑いながら空井の取り皿にバゲットを乗せる。素直に手を伸ばした顔がぱっと明るくなった。

「これ、おいしいですね!」

ぺろっと小さく舌を見せたリカが肩を竦める。

「バゲット焼いただけです。これはトリッパ。来る時に下にイタリアンのお店があったじゃないですか。あそこのなんです」
「へー。僕、食べたの初めてかもしれないです」
「気に入ってよかった。今度お店にも食べに行きましょう。結構おいしいですよ」

遅い時間に帰ってきても、一人分を作るよりは、簡単にと、立ち寄って食べてしまうことも多い。
頷きながら空井がもう一皿にも箸を伸ばす。

「あ、これもおいしい」
「なんか、ほんと、作っておいたものばかりでごめんなさい」
「いえ。僕はこうして稲葉さんの部屋に招待してもらって、一緒に食べてるだけで嬉しいです」

とても、夕飯とは言い難いのにと思ったが、リカもこの時間に帰るのに、結構無理をしている。
家ではあまり飲まないのだが、緊張もあって買い置きのビールがすぐになくなってしまった。

「あ。やだ、もうない。ちょっとだけ待っててもらえます?買ってきますね」
「あ、駄目です。僕が行きますよ」

でも、と上着を掴んだリカの手から上着を取り上げた。

「稲葉さん、飲んでるでしょ?」
「このくらい表で飲んだら」
「駄目です。僕がいるのにこんな時間に女性を一人で表に出せません」

う、と言葉に詰まったリカはじゃあ、と空井に譲った。24時間のスーパーは駅から出てすぐの反対側にあったのを覚えている。

「駅のところのあそこですよね?何がいいですか?ビールのほかにいるものがあったら」
「んー、とくには。空井さん、何かあれば」

頷いて、じゃあ、と部屋を出ようとした空井を玄関までついて行ったリカが置いていた鍵を差し出した。
マンションの入り口は鍵がなければ入れない。

「これ。ここの鍵なので。オートロックだから入れなくなっちゃいます。もちろん、インターフォンならしてもらったら開けますけど」

ちゃり、と鍵を預かって、行ってきます、と空井が部屋を出て行った。

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